金沢あつしの政策

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地方の再生・振興なくして、日本の未来なし

かつての私達の社会は、普通に学び・育ち、普通に働き、普通に結婚し、普通に子ども産んで育て、普通に引退できる社会であると信じていました。しかし、今やその「普通に生きる」ことさえ近い将来に困難になるのではないか、という不安が蔓延しつつあります。

理由は明らかです。地方から首都圏への若者の人口流出と首都圏での極端な少子化~日本全体として少子高齢化による人口減少~首都圏での一極集中が起こり、日本の大半を占める地方が冷え寂れていく~結果、私達の社会が未来には成り立たなくなる。

普通に子どもを産んで育てられる、安定した人口を維持できる環境が地方にはあり、その再生・振興こそが日本の明るい未来を築くものであると私は確信しています。最も国民に近い地方議会・行政から声をあげ、日本を動かしていかねばなりません。

私たちの未来、このままでは…

著しい人口減少、少子高齢化、若者の人口流出

年々減っていく長野市の人口。長野市の人口は平成22年に約38万9千人をピークに、現在は38万人を下回るまで減少してしまいました。平均すると年に1000人を超える人口の減少が続いています。毎年1000人超え~2校分の小学校がまるごと消えるような驚くほど多くの人口の減少が毎年続いています。さらに厳しいことに将来の推計人口もずっと減り続けています。

長野市ばかりではなく、全国的に出生率が低く生まれてくる子どもが少ない~若者の人口が減り、高齢者の人口が相対的に多くなる現象~少子高齢化が進行しています。地方においては、それに加えて若者の人口流出(首都圏への移動)があり、少子高齢化、過疎化に拍車をかけています。

このまま人口減少がつづくと…

社会保障制度の維持困難、経済の低迷、財政の破綻リスク上昇

日本の社会保障制度(年金・介護・医療等)は 若い現役世代が保険料や税の多くを負担し、高齢世代を支える、世代間扶養の仕組みを採用しています。このまま少子化が進行すると、さらに現役世代の人口が減少し、現状と同じレベルの社会保障制度(年金・介護・医療等)を維持するには現役世代のひとりあたりの負担をさらに重くせねばなりません。

現役世代の減少は生産年齢人口の減少であり、国全体としては人手不足と生産力の低下となり、経済としてはマイナスになります。それによる経済の低迷は当然ながら税収の減少にもつながり財政を圧迫します。特に国の借金は、人口が減少することを前提に返済する計画になっていないので、将来、実際に人口が減少した時に国民一人あたりの負担が限界となり、全体として国の財政が破綻する可能性が高まります。

 

このように少子高齢化と人口流出がさらに進行することにより、地方に住んでいる私達の生活は今後ますます苦しくなるのに加え、未来の子ども達に大きな負担を残すことになります。

深刻な少子化、人口減少の実態

悲観的過ぎる?・・・いや、かなり深刻です

 

悲観的過ぎる?という意見もあるかもしれません。しかし、現実的に少子化高齢化は非常に深刻です。年間の出生数のピークは団塊の世代である昭和24年生まれの約270万人ですが、年々減少し平成28年の出生数はついに100万人を下回り、平成29年の推計値では94万1000人と過去最少を更新しています。

 

おじいさん、おばあさんが10人に対して、生まれてくるお孫さんは4人いません。学校で言うなら、祖父母の代は1学年5クラスあったのに、現在は2クラス作れないのです。

 

親の世代で比較してみます。一組の夫婦が2人なので、当然一組の夫婦が2名以上の子どもを産んで育てないと人口は維持できませんが、現在日本の年間出生率は1.4人程度が続いています。つまり、1.44人÷2人=0.72で、子どもの人口は親の7割で、世代ごとに3割も人口が減っているのです。

 

子ども世代にとって親の世代の人口は10÷7=1.43、つまりは約4割も多いのです。単純に考えるなら、今生まれてくる子ども達が将来成人となる時、医療、介護、年金といった社会保障の水準を現在と同じレベルにするためには、4割も多く負担せねばならないことになります。現在でも医療・介護保険料、年金の掛金は高額であるのに、4割も負担をさらに重くするのは全く無理な話です。
社会保障費ばかりでなく、財政や景気についても様々な問題が発生するはずです。私達は少子高齢化をもっと深刻にとらえねばならないのです。

私達が優先して今なすべきことは、徹底した少子高齢化対策

国民は少子化を容認しているのか? ・・・ いや、していません。

子どもを産んで育てようと夫婦にとって子どもは一人っ子でもよいと思っているわけではありません。国のアンケート調査によれば、少子化となる原因は経済的な理由に加え、教育の重い負担や子育て環境が原因で、産んで育てたいと思う理想の子どもの数より実際に育てている人数は少ないのです。

 

なぜ少子化になってしまうのか?

子育てにはお金がかかります。私にも2人の子どもがいますが、長男は首都圏の大学に通っており、そのため生活費と学費の仕送りで大変です。3人、4人と子どもを育てて大学や専門学校まで進学させるのは躊躇されるかもしれません。子どもを育てる費用のなかで教育費は非常に重いのです。

加えて、子育てには子ども両親以外からも支援が必要です。その支援が足りない、つまりは子育ての環境があまり良くなくて、子どもをより多く生んで育てる自信がないということです。では、子育て支援にはどんな環境、物理的な支援が必要なのでしょうか。

 

サザエさん一家・・・今や絶滅危惧家族形態

かつての子育ては家庭、家族の中でするのが普通の考え方でした。その典型的な例が国民的な漫画のサザエさん一家です。サザエさん一家の構成は、お父さんである波平さんとマスオさんがサラリーマン、奥さんであるフネさんとサザエさんは専業主婦で自宅にいます。タラちゃんは保育園に行かずママとおばあちゃんが面倒をみており、小学生であるカツオとワカメは放課後に自宅にまっすぐ帰ってきます。見事に子育ては家庭の中だけで行われています。

しかし、このような家庭の風景は今や一般的ではありません。おじいさんおばあさんは60歳の定年になっても年金をもらうにはまだ早く、もらっても支給は少額なので、退職しても嘱託社員やアルバイト等をせねばならず、とても孫の面倒を見る暇はありません。若い夫婦は共働きが普通で、子どもが未就学児のあいだは保育園か幼稚園に通い、小学生は放課後に学童保育で養育してもらっています。今やサザエさん一家的な家族構成は非常にまれなのです。

 

徹底した少子化対策・・・子育ては今や社会全体で

子どもを育てて成人にするにはお金がかかります。賃金がなかなか上がらないなか、夫婦共働きは普通です。その働く両親のために、幼い子どもらを安心して預けることのできる幼稚・保育園や放課後の学童保育の仕組みをもっと手厚く整備せねばなりません。例えば、夜間や休日でも働かねばならない、美容院、コンビニ、飲食といったサービス業や、製造業でも時間シフトのある場合等、両親のために夜間や休日保育・学童保育の拠点を設ける必要があります。

加えて、経済的な支援として子どものための医療費や教育費の一部をさらに援助する必要もあります。医療費などは未成年でも居住する市町村によって無料になる年齢がことなります。本来であれば、日本中どこに住んでも公平に医療サービス(社会保障)を受けられるよう、国が責任をもって制度を整備すべきです。

 

行政がそこまで子育てを支援する必要があるのかと疑問を持たれる方がいるかもしれません。特に子育ての支援では、もっと祖父母に負担をしてもらうべきでないかという意見もありますが、これから高齢者となる祖父母も支給される年金だけでは不足で働かねばならず、孫の面倒をみるのが困難なケースが多くなっています。 もはや子どもは家庭内だけで育てるのには無理があり、国、県、市町村や近隣地域、つまりは社会全体で育てる時代へとなりつつあるのです。また、そうでなければこの厳しい少子化は解消しません。

 

少子化対策は景気対策であり、かつ高齢者支援策でもある

日本は国内消費が増えず、なかなか景気が良くなりません。生産力はそのままで、若年である労働人口と、総人口が減って消費が減るのですから物が売れず景気が良くならないのは当然です。このままでは将来、確実に経済は縮小し、景気は低迷します。国内消費・内需を減らさないためにも、人口を一定~安定させる事こそ真の経済対策と言えます。

繰り返しになりますが高齢者の生活を守るには世代間扶養の仕組みを維持しなければならないのです。そのためには現役世代の人口を安定させる少子化対策は不可欠です。

今後私達の社会に起きる危機的な状況を防ぎ、明るい未来にするためには、徹底した少子高齢化対策を優先してやらねばならないのです。

 

高齢者支援策~2025年問題をどう乗り切るか

現役世代の人口が減り、年金の資金(原資)不足で年金が増えないどころか減りそうで、しかも高齢者の面倒をみる人手さえ不足するような現状です。さらに2025年問題と言われる、もっとも人口が多い団塊の世代が後期高齢者となる時期~日本は、5人に一人が75歳以上、そして3人に一人が65歳以上という、かつて経験したことのない超高齢化社会がやってきます。高齢者用施設や面倒をみる現役世代もかなり不足するのに加え、年金原資が枯渇すると予測されています。

 

もはや待つだけでは国政からのさらなる支援を期待はできません。国民生活に最も近い地方行政こそが現場を理解し苦労しているのです。積極的に地方行政でその仕組みを提案、改善を訴えて国を動かせていく必要があります。  限られた財源と人手で、高齢者が安心して暮らしていけるようにするには、社会全体、地域社会でお互いが支えあって生活するような仕組み・体制づくりをせねばなりません。

東京(首都圏)一極集中の解消

人口流出対策

約12万人もの人口が東京圏に地方から移動~人口流出対策の必要

私たちの住む長野という地方で、努力して子育ち・子育て支援をした結果、たとえ出生率が上がって子どもが増え、その子どもたちを育てて大きくしたとしても、その子どもたちが故郷の長野から出て行ってしまっては何にもなりません。
実際、2017年には約12万人もの人が他の地方から東京圏に移動しています。そのほとんどが若者です。1年間で12万人とはすさまじい数です。長野市の人口が約38万人ですから、4年経たずに長野市に一人もいなくなるような激しい人口の移動が起きているのです。
地方から東京圏への人口流出~移動する理由は、高校を卒業してさらに高等教育機関(大学、専修学校)で学びたい場合、多くの教育機関のある東京圏に行かざるを得なく、また卒業後も多くの大企業の本社がある首都圏・大都市圏で就職してしまうことが主な理由であるのは皆さんもご存知のはずです。

 

普通になった高校卒業後のさらなる進学と経済的な負担

私が高校生の頃(30年以上も前の話ですが)の大学進学率は高卒の25%と少数派でしたが、現在は大学進学で約55%、専門学校等を入れると約80%が何らかの形で進学しています。高い進学率の理由は、過去に比べて18歳人口が減少した一方で大学の定員数がむしろ増えています。入学が以前に比べて楽になっており、進学するのがあたりまえのようになっているのです。つまりはさらなる進学のために経済的負担をする家族の割合が増えています。

 

東京圏にある大学の異常な定員数

首都東京の人口は全国の約10.3%ですから、人口比で言えば東京にある大学の定員数(学生数)も同等の比率であるべきですが、実際は全国の大学の約25%と人口に比べて過剰な定員数が東京にはあるのです。
その分だけ地方の大学の定員数が少なく、地方の学生が進学しようとすると東京圏に移動せねばなりません。そのため、その家族は自宅から通学するよりも、仕送り等で大きな経済的負担を強いられます。
国立大学は国により運営されていますが、私立大学は授業料に加えて国からの補助金がないと運営できません。そのため私立大学の設立は国の許認可が必要です。東京には偏った大学数があるのは、明らかに国が東京での大学の許認可をし過ぎてしまったからです。国はついにその偏在を認めたのか、東京での大学定員増を抑制し、地方の大学で若者が学ぶことを促進する交付金の創設も検討し始めました。

 

地方にある既存の大学や専修学校の定員増加、首都圏から移転や新設・・・子育て費用の軽減と地方からの人口流出防止

長野県においては、県立短大が今年の4月から学部、定員を増やし、1学年240名の4年制大学としてスタートしました。また、諏訪東京理科大学も今年の4月から私立大学から公立大学に変更となりました。
しかし、現状、地方における大学や専修学校の定員数は、これから進学する地方の学生にとってまだまだ不足しています。
例えば長野県ですが、長野県内の大学定員を合計するとその数は1学年で現在約5、000人です。それに対して現在の18歳の人口は約20、000人で、大学だけの進学でも6000人分が不足しています。進学率を考えるなら、長野県内に大学は今の倍あっても足りないのです。その不足しただけ子ども達を家族の重い経済的負担をかけて県外に送り出しています。
今後も公立大学の学科・定員の増員や私立大学・専修学校の地方への移転を推進していく必要があります。繰り返しになりますが、地方でより多くの学生が学んでもらうことは、人口流出を防ぎ、学生の家族の経済的な負担を軽減しることにより、少子化対策となります。
加えて、学生たちが地元・地方で学び・活動することにより、自分たちが将来生活をする地方の未来を考え、創っていく、つまりは地方再生・振興として寄与してくれることが期待されます。

 

地方における就職・雇用

さら単に進学が目的だけで県外に行くだけでなく、そのまま県外で就職してしまい、地元に帰ってこない多くのケースがあります。個人的な話ですが、私の多くの同級生が県外に進学してそのまま就職し、その後帰郷していません。地方に雇用・就職先もなければやはり人口流出は止まりません。

 

県外に移転しようとする工場・施設等の引き止め、県外から県内への移転の勧誘

地方における安定的な雇用の確保、拡大は、なかなか容易ではありません。地元資本が新たに創業した企業が大きくなって雇用に貢献すれば良いのですが、ケースはそう多くありません。やはり既存企業の工場や施設が地元でずっと操業し、安定的な雇用の維持、さらに拡大する環境をつくらねばなりません。
長野県には三菱電機やNECの工場や施設がありましたが、県外に移転してしまいました。もし今後、県内の既存の工場や施設が県外に移転をしようとする計画がある場合、行政の何らかの支援策により移転を押しとどめることができるのなら、県内の雇用を守るために支援策を実行すべきです。加えて、工場や施設の県内への移転・新設誘致も積極的に行うべきです。

 

地方の労働環境・条件の向上について

現在は有効求人倍率が高く、人手不足と言われています。しかし、この人手不足は景気が良いからではなく、引退する高齢者の人口が多く、就職する若年層の人口が少ない、つまりは人口動態という、景気以外の要素が大きいと推測されます。このような状況では人手不足なのに労働環境が悪くなる可能性があります。実際、過酷な労働を強いるブラック企業が問題になっています。
ブラック企業だけでなく、今や普通に働いて結婚・出産・子育てをすることが難しいのではないかと思われるような労働環境・条件になりつつあります。一方で大企業の内部留保が増加しており、企業収益の労働分配率に疑問が生じています。
労働条件・環境を法制化するのは国ですが、実際に問題を取り締まるのは労働現場に近い地方です。ブラック企業・労働現場は是正しなければなりません。

地域経済の活性化と個性・魅力のある都市づくり

地場産業の育成

私達が住む長野が豊かになるには、地域に雇用があり、地場産業も元気でなければなりません。長野で新たに起業を希望する事業家や、特産品や新製品の開発を目指す地元企業を支援する仕組みは当然必要です。加えて、特に地方である長野の特徴を生かした産業の振興支援をせねばなりません。

 

農業、エネルギー産業~地方である長野であればこそ

国内の食料需給率は1962年に78%あったものの減少し続け今や38%(2016年:農林水産省)、エネルギー自給率は何と6%(2012年:経済産業省)。日本は狭い国土で燃料となる天然地下資源を持たない国ですが、それにしても低い水準です。日本はかつて食料と燃料の自給率の低さで、大変な犠牲を払いました。第二次世界大戦前に日本は他国から経済封鎖をされたことが、開戦の原因のひとつと言われています。飢えるか戦争をするかの選択をせまられ、戦争に突入してしまったわけです。
食料とエネルギーの自給は命にかかわる問題、つまりは安全保障問題です。他の先進国においては日本以上に農業やエネルギー分野を安全保障上で重要ととらえ、日本の以上の振興・保護策を講じています。農業とエネルギー産業の振興策は、特定産業分野への支援策ではなく、国民の命と安全を守るための政策です。

 

農業は基本的に個人経営~新規就農が必要だが、それには支援が必要 

基幹的農業従事者(農業が主な事業)の数は、2000年の240万人から2017年には151万人にまで減少、高齢化しています。減少をくい止めるには、新たに就業したい従事者がいなければなりませんが、減少は止まっていません。
農業は農家が従事しますが、農家は基本的に個人経営がほとんどです。農業を始めるというのは個人で起業をするようなものですから、他業種の就業に比べて難しいので、就業・起業支援が必要です。幸いにも近年、農業をやりたいという若者が増えており、それに対して農業への就労支援策等(住宅補助、農業学校への就学補助、生活支援費補助、休耕地の貸し出し仲介等々の支援策)が始まっています。さらに就労支援に加え、就労後も地元農家が生産する作物の地元での消費(特に保育園や学校の給食、公共的施設等)~地産地消による支援も必要です。
加えて、付加価値のある農業、6次産業化、地域の農業のブランド化を支援・推進することにより、農業就労の魅力も高めることが必要です。

 

エネルギー生産~自然・代替エネルギーの地産地消

エネルギーの生産・開発は、初期投資がかかることや効率性・技術力を考慮するなら電力会社等の大手企業が本来であれば行うべきだと思います。加えて、自然エネルギー・代替エネルギー(風力発電、太陽光発電、小水力発電、バイオマス発電・暖房等)の開発と維持コストは、既存の火力発電や水力発電より割高であるので、既存の発電の方が良いとの意見もあります。
ただ、前述したように低過ぎる日本国内のエネルギー自給率を少しでも改善させることや国民の意識改革(啓蒙)、自然・再生可能エネルギー(小水力・バイオマス発電・暖房等)の開発による林業や中山間地の再生、あるいは町おこしといった別の目的のために開発を特に地方において進めるべきだと考えます。

 

魅力ある街づくり(地域おこし・街の再生と観光戦略は同時に)

地方都市は中心市街地にはシャッター商店街が増え、一方で郊外の幹線道路沿いには全国的なチェーン店やショッピングモールが展開され、都市に個性がなくなりつつあると言われています。個性も伝統もないような都市に住みたいとは思うでしょうか?
私達自身に加え、首都圏・大都市圏から移住して住みたいと思うような魅力がある街、地域社会にするにはどうしたらよいのでしょうか。幸いにも街を再生しよう、元気な街づくりをしようとする若者、NPO、自治会の人達がいます。例としては、使用されていなかった土蔵を店舗やレストランに改装、シャッターが下りていた商店をおしゃれなカフェにリニューアル、倉庫を改装し店舗や集会場に、若者が起業しやすい業務支援機能がある共同オフィスに古いビルを改装等々があります。
彼らの新たな街づくりやアイデアをもっと取り入れ、それを支援することにより、市民が集うだけでなく、同時に県外からも観光客が訪れたいと思うような魅力ある街に再生するべきです。

 

近年、経済的に即効性ある産業として観光業に力をいれている都道府県・地方自治体が増えています。一般的に予算を計上していますが、それは宣伝・プロモーション中心が多いようです。長野県でも観光振興計画があり、その中では市町村が単独で観光客を誘致するのは予算も観光資源も限界があるので、相乗効果を狙って県は観光を広域行政で連携させようとしています。
ただ、現在の観光は、単に見る観光より体験する観光が主流になっており、名勝・名刹があり、それを宣伝して観光客を呼ぶだけでは経済的効果が高まらないようです。
観光の中心となるは名勝・名刹ですが、それを取り巻く街並みはセットで重要であり、経済的効果の主役はむしろ周辺の市街地の方です。

 

長野市のケース市街地では、観光は善光寺付近が中心です。長野市では中央通りの環境整備や市中心部に野外彫刻賞の作品を市民や観光客に鑑賞してもらうため、集中的に配置する等の地道な努力を続けています。しかし、観光客は善光寺と仲見世通りを訪れるだけで、他の市街地を歩くことはあまりないようです。やはり、観光客の動線を考慮した、市中心部全体を活性化する戦略、街づくりが必要です。例えば伊勢神宮のように駐車場が参道の一番端にあり、観光客は長い参道を歩かねばならず、その間に飲食をしたりお土産を買ったりしています。長野市も同様に、駐車場や観光案内所を中央通りに整備し、そこに観光客が駐車して参道や市中心部を歩いてもらう、結果として経済的効果を高め、同時に街を活気のあるものに変えていく~総合的な戦略が必要ではないでしょうか。

最後に

地方行政、地方議員の役割 地方から声をあげる~地方の再興なくして日本の再興はない

近年、依然として深刻な少子高齢化や改善しない国民生活が続く状況下で、一部の地方議員には不祥事を起こして議会に対する信頼を失わせたり、国政においては合併・分裂をする野党、不適切な発言や強引な国会運営を繰り返す与党と、政治に対する不信感が増したり、政治的な無力感に陥ったりする国民が増えています。

 

私が政治活動をしているなかでも、地方議員は本当に必要なのかという厳しい意見を時々聞きます。
確かに政治がもっと頑張れば国民生活が良くなる、バラ色になるはずといのは希望的観測に過ぎないかもしれません。しかし、政治を全くあきらめてしまえばどうでしょうか。それは他人まかせの政治・行政となり、政治・政策が一部の人によって一部の人のために行われてしまう危険性がさらに高まります。政治をもっと身近なものとして、国民全体に取り戻さねばなりません。

 

さらに、国土と人口の大半を占める地方ですが、出生率の低い東京圏の人材供給源として首都一極集中を支えるような存在になり、非常に疲弊しています。国は地方の集合体です。つまりは、各地方が沈むことは最終的に国全体が沈むことになります。
国政から地方行政を動かすのではなく、国民生活に最も近い地方行政から国政に対して具体的な政策を訴えて国政を動かし、地方を再興していくべきだと考えています。私はその地方行政にかかわる議員として声をあげ、活動したいと切望しております。

金沢あつしの思い

経済・金融の専門家として投資銀行勤務・企業経営支援業務後は、防衛大臣秘書、長野市議会議員、参議院議員秘書を経験してまいりました。
経済・金融・企業経営の専門知識、さらに国会議員秘書、市議会議員の経験を活かし、雇用対策、地域経済活性化、そして深刻な少子高齢化対策を行い、故郷である信州に貢献したく、県政に参加することを再び決意致しました。
さらに、障がいを持つ子の父親として、福祉法人・事業の支援や様々なボランティア活動を通じ、誰もが安心して暮らせる未来社会・信州の構築を行政を通じて目指す気持ちを一層強く持ちました。
皆様のご支援・ご指導、宜しくお願い申し上げます。